企画

ダイヤ鉄、誕生秘話&ジャグラーにハマったキッカケ話【ダイヤ鉄・邪愚輝男 13駅目】

2020年5月6日

皆さん、ご機嫌いかがですか。邪愚輝男です。

ご存知の通り、今現在(4月下旬)の日本は全国的に緊急事態宣言が出されています。不要不急の外出を控えることのストレスはもちろん、仕事などでも苦労が多いと思われます。

これまでにない経験ばかりで大変ですが、ひとまずある程度落ち着くまでは、さまざまな我慢が必要なのかもしれません。

さて、この企画は机上旅行が最も重要なテーマ。つまり、「妄想」が中心の企画ですので、新型コロナの影響をモロに喰らう(=企画の本質が揺らぐ)ことはありません。

しかしながら、もう1つの大切なテーマである「すごろく」が難しい。今現在、ホールに行ってジャグラーを打ち、ペカった数だけ駅を進めるというルールを遂行するのは厳しい状況。できるだけ家に籠もって、時刻表でも眺めていたいですね。

というわけで、今回は机上旅行(企画の進行)を一旦お休みします。その代わりとして、少しだけ列車を脱線させ…いや、話を脱線して「番外編」をお送りしましょう。

とはいえ、何を書いて良いのか迷ってしまいます。そこで、ひとまず過去の連載を振り返ってみると、私の素性をあまり紹介してこなかったことに気づきました。

なぜ紹介してこなかったのか。その理由は「恥ずかしい」「あまり個人情報を知られたくない」「どうせ私になんて誰も興味がない」等々ありますが、「企画の趣旨とは関係ない」と感じていたことが一番大きい。

私のプライベートな情報をチョイチョイ挟むことは、妄想で盛り上がる机上旅行の邪魔でしかないと思うのです(実際に行った駅など、必要最低限の情報は紹介してきましたが)。

しかし、通常の連載をストップせざるを得ない状況になり、さらにサイトの担当者から「輝男さんが何者なのか知りたいという声もあります」という意見もいただいたので、恥ずかしながら私の簡単な素性をお話したいと思います。

わたくし、邪愚輝男は1976年の10月に栃木県某市(東北本線の沿線)で生まれました。現在は首都圏在住で、職業は商社系、独身です(※ここまでは初回に少しだけお伝えしています)。

鉄道や時刻表に目覚めたのは、1987年3月31日。そう、国鉄最後の日がキッカケです。あの日、私は9歳離れた兄、7歳違いの従兄弟とともに「謝恩フリーきっぷ」を使って関西方面へと旅行しました。

このフリーきっぷは新幹線を含む日本全国のすべての列車が1日乗り放題で、おとな6000円、こども3000円と超破格の内容。私の記憶がたしかならば、1ヶ月前に近所の駅で徹夜してきっぷをゲットしたと思います。

無事にきっぷを手にして以降、兄を中心として旅行計画を立て始めました。当時、小学生だった私は時刻表の読み方など一切分かりませんでしたが、ここで兄に教わったのです。

まさにターニングポイント。実際に旅行する楽しさよりも、時刻表に無限の可能性を感じてしまいました(もちろん実際の旅行や、列車の姿なども好きですけどね)。

これが「ダイヤ鉄・邪愚輝男」誕生秘話です。

実は謝恩フリーきっぷを使った旅行には思い出深いエピソードがあり(国鉄最終日にダイヤが超乱れまくった…など)、その他にも語りたいことがあるのですが、それはまた別の機会に。

次に私がパチスロにハマった理由は…すみません、特別なエピソードは一切ありません。学生時代の悪友に誘われてそのままズッポシという、良く聞く似たような感じです。

好きなパチスロのタイプは…お察しかと思いますが、ノーマルタイプで特にジャグラーが大好物。

立ち回りは「高設定を狙って終日粘り倒す」ことなど一切なく、「夕方以降に良さげな台をチョロチョロ打つ」ことがメインです。これまでの実戦を見ていたら一目瞭然ですよね。

おそらく、今後もこのスタイルは変わることがないと思います。

穏やかにゆる~くジャグラーを打ちながら、自分の大好きな時刻表を眺めて、机上旅行を進める。そんな日常が早く戻り、企画上のゴールである松本駅にも早くたどり着けるよう、切に願っています。

ダイヤ鉄・邪愚輝男

ダイヤ鉄の邪愚輝男が行きたい場所(=ゴール)を設定し、スタートからゴールの間にある駅の数(主にJRの駅)を時刻表にて算出。実戦でペカった回数だけスゴロクのように駅数を進めて、ゴールを目指す企画。

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