企画

ジャグラー小説 第4章「すばらしい日々」【ハッピージャグライフ】

2022年1月5日

湯島のスナックに行った数日後、そろそろ寝ようかと思っていた頃に山崎から電話があった。

「おい、波多野! 今すぐ来いよ! 紗耶香ちゃんが会いたがっている」

会いたがっている?

彼女はただ単にお客として俺に会いたいのだろうか。山崎が俺と飲みたい口実として、そう言っているのか。それとも……。淡い期待、いや、かなりの期待感を持った俺は、心拍数が上がるのを実感しながらヨレヨレになったアディダスのジャージを脱ぎ捨て、急いで身支度を整えた。

スナックに到着すると、ニヤニヤした山崎がカウンターで出迎えてくれた。向かいには姉の恭子と妹の紗耶香。山崎がすぐに口を開く。

「おお、波多野。俺は恭子と飲みに出るからさ、お前はここで紗耶香ちゃんと話しなよ。店の看板も消して良いってさ」

突然の展開に戸惑ったものの、悪い話ではない。ただ、すぐに「分かった」というのは恥ずかしいので、必要以上に困惑した顔を作ってみせる。

「波多野さん、大丈夫ですか? すみません」

紗耶香が申し訳なさそうに言った。顔を作りすぎたかもしれない。俺は「いや、全然大丈夫だよ」とニカっと笑顔で返し、カウンターに座る。

こうして、2人きりの時間が始まった。

まずは子供時代、学生時代、社会人になってからの話など、互いの人生、互いの経験を共有するような会話が続く。控えめに見える紗耶香だけど、芯が強いというか、自分で決めたことは貫きたい性格らしい。年齢は5歳ほど下でも、価値観はどこか俺と似ている。

俺はハイボール、紗耶香はビールを少しずつ飲みながら、1時間ほど経過した。口火を切ったのは彼女のほうだ。

「波多野さんは今、付き合っている人とかいるんですか?」

マッサージの明美とは会っていなかったし、連絡も途切れがちだった。そもそも、彼女と言える存在でもなかった。おそらく相手も同じだろう。

「いや、別にいないけど」

「そうですか。実は私、波多野さんがお店にいらっしゃる前から、山崎さんに話をいろいろ聞いていました」

ヤバい。一緒に吉原へ行ったとか、おっパブで並んで座ってワイワイ楽しんだとか、余計なことを言っていたらジ・エンドだ。

「何て言ってた?」

「あいつは本当に良い奴だって、いつも真剣に言うんです。仕事もできるし、本当に真面目だって。私、姉と付き合ってる山崎さんをよく見ていますけど、彼も誠実だし、その人が言うなら間違いないと思ってるんです」

山崎が誠実? ヒモなのに? にわかには信じられないけど、俺のことを褒めてくれたから良しとしよう。それより、俺の気持ちも紗耶香に伝えなければいけない。

「ありがとう。実は俺も…いや、何て言うかさ。紗耶香ちゃんに会ったときから思っていることがあるんだ」

「なんですか?」

目の前の愛する人と一緒に住んで、いずれは結婚して、可愛い子どもと幸せな人生を歩みたい――。

大学生の頃と変わらない自分がいた。俺は誰かを好きになってしまうと、すぐにそう思ってしまうらしい。

でも、さすがに言葉として出すのは憚られる。まだ2回しか会っていないし、それに当時の強烈に苦い思い出が蘇ってしまう。

「いやぁ、あの…」

「たぶん同じです」

「え?」

「私、波多野さんのことが好きです。ずっと一緒にいたい。できれば結婚して、幸せな家庭を築きたい。いきなり言うのは変ですか? でも、本当です」

心を見透かされたのか。

紗耶香は真っ直ぐな目で言葉を返してきた。通常はあり得ないというか、ドッキリ番組のような展開だ。騙されている可能性もある。でも、俺と同じ性格だと考えたら、そこまで信じ難いわけでもなかった。

「全然変じゃない。俺のセリフを取られた」

そこから先、2人がカウンターで飲んでいたグラスの酒はしばらく減らなかった。

ボックス席に移動した後のことは、もう言わなくて良いだろう。

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翌日から俺の生活は変わった。

相変わらず会社での仕事量は多かったものの、夜の遊びは消えて紗耶香との時間が加わり、その割合は徐々に増えた。

一方で、ジャグラーの時間は徐々に減っていった。

正直なところ、会社の給料だけで生きるのは心許ない。夜の遊興費は浮いたけど、今の生活レベルを維持したり、もっと向上させるにはジャグラーでの稼ぎが欠かせないと感じていた。密かな目標を叶えるためにも、とにかく金が必要だ。

このジレンマをどうすれば良いのか。俺なりに解決法を考える。

まずは高待遇の会社に転職して、ジャグラーへの未練を断ち切り、仕事の稼ぎだけで生きる。それも良い。でも、それなりの給料を貰える転職先が見つかるのだろうか。そもそも、ジャグラーを引退できる自信がない。

ならば勤務時間に比較的ゆとりがあり、今と同程度か、やや少なめの給料を貰えるような仕事に転職して、余った時間をジャグラーへ費やすのはどうか。うん、悪くない。それに紗耶香との時間も増やせるかもしれない。

俺は一度決めたら突き進む性格だから、行動は早かった。2ヶ月後、ラッキーなことに郵便局の正社員という職をゲットし、仕事もプライベートも適度に充実したワークライフバランスを実現。もちろん、ジャグラーの稼働時間も増え、収支も堅調だった。

準備は整った――。

紗耶香と付き合い始めて約1年、転職してから約9ヶ月。俺のポケットには小さな濃紺の指輪ケースが入っていた。

恥ずかしながら、ジャグラー貯金で購入したものだ。決して高価なものではない。でも、気持ちだけはたっぷり入っている。何を買って良いのか迷ったけど、新宿伊勢丹の店員さんが優しくアドバイスしてくれた。

市ヶ谷で地下鉄を乗り換え、紗耶香が待っている江戸川橋のアパートに急ぐ。もう一緒に住んで半年になる。築35年、2DKの小さな部屋でも、幸せな場所だ。

カチャッと解錠して玄関を開けると、紗耶香が近くのトイレから青白い顔をそろりと出して、「おかえりなさい」と無理に笑顔を作った。

俺は慌てて駆け寄り、母親になる彼女の背中をゆっくりと擦った。

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結婚し、子どもが生まれて今年で3年になる。

仕事は少し退屈だけど、奥さんと子どもに囲まれた生活に文句はない。さすがにジャグラーを打つ機会は減った。でも、辞めたわけではない。奥さんに財布の紐を握られて小遣い制になったから、機を見てシビアにコツコツと立ち回り、ヘソクリを貯めなければいけないのだ。

そんな勝負も、また楽しい。

俺が転職してからも、山崎とは連絡を取り合っている。俺と奥さんと子ども、山崎と恭子さんの5人で出かけることもある。奴はまだ独身だけど、恭子さんとは付き合い続けていて、昔のヒモ状態からは脱却したらしい。

たまに奥さん姉妹を介し、山崎の近況を聞くこともある。なんだか不思議な感じだ。幸い、俺が懸念していた性癖の話題は出ていない。姉妹同士では何か話しているのだろうか。そのまま表にしてほしくないと切に願う。

――来週、江戸川橋のアパートから和光市のマンションへ引っ越しする。

家賃が安いこともあったし、何より部屋が広い。子どもも大きくなり、実は来年の春頃に家族がまた一人増える予定だ。

近所に優良ホールがあるかどうは分からないけど、ジャグラーとの付き合いを終えるつもりはない。勤務先はそのままだから、いざとなれば慣れ親しんだホールで打てば良い。

引越しの準備のために部屋を整理していたら、押入れの奥に上京してから一度も開封していない小さなダンボールがあった。俺は何を入れたのだろう、ちょっとしたタイムカプセル気分。緊張しながら、くたびれたガムテープをゆっくり剥がしてみる。

ボールペンやシャーペンが10本、24色の色鉛筆ケースが1つ、スケッチブックが1冊、学生時代に友人たちと撮った写真を詰めた小さなアルバムが2つ、ケースがない音楽CDが7枚。

そしてもう一つ、傷だらけのジッポライターが入っていた。

あのとき、パチスロに出会い、その後にジャグラーと出会えたことで現在の生活がある。いろんな人との出会いも、遊びも、後悔はしていないし、感謝している。

昔も今も、すばらしい日々だ。

(─ 完 ─)

ハッピージャグライフ

地方から上京した一人の男が、ジャグラーとともに生きるドキュメンタリー小説。主人公である真面目な「波多野」と同期である「山崎」がジャグラーとどう関わって、最終的に二人がどうなっていくのか…を描いていく。

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