明美のグラインドに身を任せながら、自分の人生を振り返っていたのはもう10年以上前の話だ。
あの日以降、俺は変わった。「金もないのに遊びたい」という、どうしようもなくバカな自分に気づいて以降、本気になった。
と言っても、遊びを止めたのではない。仕事に精を出したわけでもない。パチスロでの立ち回りを変えたのだった。
それ以前は、いわゆる一撃系のATやART機を好んで打っていた。ある時期までは成果があったものの、ホール状況や仕事の影響で徐々に収支は悪化。そもそも運任せな部分も結構あったから、安定感がなかった。
そろそろ金が尽きかけようとしたところで出会ったのが、ジャグラーだ。
ある日、久しぶりに近所のホールを徘徊していると、ジャグラーのシマの異変に気づいた。これまでは常連のお年寄りがメインで、休日の稼働もイマイチだったのに、何やらプロっぽい若者が数人いる。履歴データを見たら、たしかに設定6らしき台もちらほらある。
これは攻める価値があると直感した。ただ、あまり自信は持てない。今までジャグラーを本気で打ったことはほぼなく、たとえば誰かとの待ち合わせまでに1時間だけ…という位置付けだった。
「ちょっとジャグ連すればラッキー」程度の感覚で接していた俺は、設定を意識したこともなければ、体感として設定6を知ることもなかった。
そこで、まずは中古台として安価で売られていた5号機初のジャグラー『アイムジャグラーEX』を購入する。
すでに近所のホールは後継機『アイムジャグラーSP』などが主力だったけど、設定6の感覚を掴むには良い練習台だろう。
実際、自宅で打ち込むほどに自信がついた。設定6を見抜くコツのようなものが見えた気がした。もちろん、100%の看破なんぞ不可能だから、オカルトだと切り捨てることもできる。ただ、根拠のない自信でも、何かを引き寄せることがあるものだ。
夜の遊びも同じで、堂々と自信を持って遊んでいれば、安心して近づいてくる女性がいる。俺の話ではなく、飲み屋などで知り合った大人の男性たちには、そういう人間が結構いた。
そして俺の自信は、程なくして確信に変わった。仕事終わりの短時間に設定6らしき空き台をゲットできる機会が増え、着実に勝率はアップ。休日はプロらしき若者に混じって朝イチから並び、さすがに毎回は無理だったけど、終日6を打てることも結構あった。
ようやく俺の財政指数は最悪の状況から脱しつつあった。
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財布の中身に余裕ができると、やっぱり悪い虫が動き出す。明美との逢瀬は回数を増し、その他の遊びも元の頻度に戻りつつあった。
ところが、俺に再び大きな人生の転機が訪れる――。
頻度は減ったものの、同期の山崎とは相変わらず一緒に遊んでいた。俺と同様、奴もパチスロの収支が伸び悩んでいたはずだけど、なぜか羽振りはあまり変わらない。
久しぶりに東上野の焼肉屋で晩飯を食べながら、さりげなく理由を聞いてみた。
「実は、最近付き合い始めた子がいるんだ」
「えっ、知らなかったわ。マッサージの子?」
「いや、そっち系は最近行ってない。湯島のスナックの子だよ」
「湯島のスナック?」
「ああ、波多野とは行ったことがない店か。じゃあ、紹介がてら今から行こう」
「っていうか、その子がお前の援助してるわけ? ヒモじゃん」
「アッハハハハ! お前も言うね!」
豪快な笑いで不都合な質問をごまかし、山崎はササッと会計を済ませる。
そこから徒歩で20分程度、ドンキホーテの近くにスナックはあった。
ドアを開けると、カウンター4席の奥に6人ほど座れそうなボックス席が2つ。それなりに遅い時間だったせいか、客はカウンターの1人しかおらず、対面にママらしき中年女性、その横に若い女性が2人並んでいた。山崎が先客に遠慮して、やや小声で話す。
「波多野、紹介するよ。この子が俺の彼女、恭子って言うんだ。そして隣にいるのが恭子の妹で紗耶香ちゃん。たまに手伝いに来るんだよ」
2人は本当の姉妹なのか。たしかに似ている気もする。
「波多野、紗耶香ちゃんは彼氏募集中らしいぜ。ヘヘヘっ」
俺と山崎で姉妹と付き合うなんて、想像したくもない。
何でもかんでも筒抜けになってしまうではないか。たとえば男2人に強烈な性癖があったとして、それを姉妹同士でキャッキャと話し、最終的には俺と山崎の耳に入る。かなり気持ち悪いけど、それを乗り越えたら新しい友情が生まれるのだろうか。やっぱり嫌だ。
とは言え、妹・紗耶香の第一印象はかなり良かった。
控えめな性格に見えつつ、穏やかな笑顔を絶やさない。姉のほうはプリン色したストーレートのロングヘアだけど、妹はほぼ黒髪のショートボブといった感じ。俺の好きなタイプとは少し違う。でも、好きになる予感はビンビンにあった。もう好きになっていたかもしれない。
そして、それは相手も同じだった――。
(第4章へ続く)
ハッピージャグライフ
地方から上京した一人の男が、ジャグラーとともに生きるドキュメンタリー小説。主人公である真面目な「波多野」と同期である「山崎」がジャグラーとどう関わって、最終的に二人がどうなっていくのか…を描いていく。