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ジャグラー小説 第2章「ぼくたちの失敗」【ハッピージャグライフ】

2022年1月3日

飯田橋から市ヶ谷あたりにかけて、外堀の桜並木は東京で一番印象深い場所だ。でも、それは決して良いものじゃない。思い出すたびに鳩尾(みぞおち)がピリッと痛む――。

俺は結衣の助言を受け、在京のパチンコ関連企業が募集している求人に片っ端から応募した。基本はメーカー本社や販社の営業職がメイン。メーカーの開発や広報なども視野に入れながら、一方でパチスロ攻略誌にも履歴書を送ったりしていた。

そして幸いなことに、何とかギリギリでメーカー本社の営業職にありつけた。これで結衣と一緒に上京できる。一緒に住むことができる。いずれは結婚して、可愛い子どもと幸せな人生を歩むのだ。

「それはできないよ」

俺の就職が決まった直後、10月下旬だった。

ベッドで寝ていた結衣は体育座りに姿勢を直し、細身の裸体を毛布でくるみながら、そう言った。視線の先に俺はいない。コタツの向こうにある真っ暗なテレビ画面をじっと見つめている。

俺は立ち上がってTシャツを着る素振りを見せながら、彼女の様子を窺う。直前まで濃密に触れ合っていたとは思えないほど、冷徹な無表情。視線は変わらず、黒髪のショートカットを何度も手ぐしで整えている。

まさか、ベッドで口走った俺の願望があっさりと拒絶されるとは思わなかった。

「豊が東京に行くことは別に構わない。応援もする。でも、一緒に住むとか、そういうことは想像できないんだよね」

俺は相手を説得する気など一切起こらず、頭の中では別の思考が駆け巡った。まだ結衣のことは愛している。でも、相手は一緒にいられないと言う。ならば、これ以上付き合う意味はないだろう。

もはや東京に行く意味も薄れている。プライドが傷ついた気もするし、どこかで自分の力不足も感じる。怒りたいし、泣きたいけど、それも違う。自分では整理できない気持ちだった。

ただ、上京をキャンセルするつもりはなかった。男は一度決めたことを曲げてはいけない。これは俺自身の信念だ。俺が勝手に想像し、勝手に決めつけていた結衣との甘い生活は、相手に断られたので諦めるしかない。

でも、自分自身の力で得た仕事は諦めたくない。

数分後、俺は「じゃあ行くわ」の一言で彼女の部屋を出た。半開きだったジーパンのチャックから秋の外気が侵入し、少し濡れていたパンツの先っちょを急速に冷やした。

――その日から結衣と会うことは一度もなく、3月中旬に一人で上京した。

その前日、パチスロを教えてくれた先輩…いや、留年して同学年になっていた福井さんと久々に会い、餞別として彼が愛用していた傷だらけのジッポライターを貰った。俺はタバコを吸わないのに。

福井さんは「後悔すんな、頑張れよ」のセリフとセブンスターの香りを残し、颯爽と原チャリを飛ばして帰っていった。

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引っ越しの煩雑さに苛つきながらも、少しずつ落ち着いてきた上京から1週間後の水曜日、ケータイに結衣からメールが届く。

「豊、もう上京したのかな? 一度会わない?」

少し悩んだ。もう一切未練はない…と言えば嘘になる。でも、再会したところで2人の未来はきっと続かない。

もし会ってしまったら、「最後に1回だけ」とゲスなことを言ってしまいそうな自分も怖い。それでも、ひとまず話し合いは必要だろう。その後にどうなろうとも、互いが次のステップに進むための通過儀礼。これが大人の対応だと思った。

その後にメールを数回やりとりし、待ち合わせ場所に指定されたのが飯田橋駅の西口改札だった。どうやら彼女には都合の良い駅だったらしいけど、本当の理由は分からない。

電車の乗り継ぎに苦労しながら、約束の16時半に到着すると、すでに結衣がいた。

大学で見たことがある同学年の男と一緒に。

「久しぶり。元気だった? あのね、この人…」

次の言葉を聞く前に、すべてを察した。いや、本当は違うのかもしれない。だとしても、なぜ男を連れてくるのだ。そもそも、結衣は俺と真面目に話し合うつもりなどなかったのか。

俺は「ごめん、じゃあ」と改札に背を向け、訳もなく外堀の遊歩道へと足を進めた。呼び止める声が聞こえた気もしたけど、もうどうでも良い。「最後に1回」なんて考えていた自分をぶん殴ってやりたかった。

遊歩道には8分咲きぐらいの桜並木と、それを愛でる多くの通行人。中央線と総武線が走る先の水面には、微かに夕焼けがリフレクションしている。

俺は「これが東京か」と呟いた。

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「アッハハハ! お前の東京生活、最高のスタートじゃん!」

おそらく6杯目のハイボールを呷りながら、奴が豪快に笑った。

会社にほど近い、東上野にある小さな焼肉店。ネイティブな韓国語がそこら中に飛び交う中で、いつものように同期の山崎と少し遅めの晩飯を食べていた。今宵の肴は、とびっきりのテッチャンと俺の「上京物語」だ。

山崎とは入社してからすぐに仲良くなった。仕事ぶりのレベルが似ていたこと、これまでに触れてきたパチスロの趣味が似ていることなど、理由を挙げようと思えば幾らでも出てくる。一言で済ませるなら「ウマが合った」ということだ。

4月に入社した数週間後には、プライベートでも一緒にパチ屋へ行くようになり、一緒に飲み、互いの家に行き来するような関係になった。

当時は、2人ともパチスロが絶好調で羽振りが良かった。

『獣王』『サイバードラゴン』『コンチ4X』など、いわゆる爆裂AT機を中心に打ち込むと、あれよあれよと財布が膨らみ、毎晩のように外で飲んでも無問題。変な攻略法などを使っていたわけではなく、もちろん負けることもあったけど、人よりも少しだけ台の知識とホールの知識さえあれば飛躍的に勝率がアップした。

あぶく銭を持った若造が考えることは、ある程度想像できると思う。

焼肉屋で俺の昔話を一通り聞いた後、山崎が言った。

「波多野さ、吉原って行ったことある?」

「噂には聞いてるけど、ないわ」

「玄人童貞か。じゃあ連れてってやるわ。近いしさ」

それは入社2年目の6月頃だった。東上野からタクシーで約10分、山崎が数回訪れているという店に到着する。奴は常連風を吹かし、ボーイと軽妙な会話を交わしながら、焼肉屋のメニューを見るように女性たちの写真を吟味し始めた。ちなみに山崎はこの店で「山中」と名乗っている。

「おい西村、どの子にするよ」

どうやら俺は西村らしい。

手渡された数枚の写真を覗き込むものの、どれもピンと来ない。好みのタイプがいなかったというよりも、緊張でどうして良いのか分からなかったのだ。おどおどした俺を見た山中先輩は「しょーがねぇなぁ」と言いながらボーイと何やら話し込み、ニヤッと笑顔で言った。

「よし、お前はこっち! 俺はこの子だ!」

――正直、波多野青年にはまだ早かった。今まで見たことのない作りのワンルームで、一時の自由恋愛。ベッド、バスタブ、マット、ローション。ビールをただ苦いとしか思えなかった昔の自分を思い出した。

でも、一つの壁を越えたという達成感はあった気がする。

それ以降、山崎と遊ぶ際は必ずと言って良いほど「女性の匂い」が得られる場所を選んだ。ソープは俺が嫌がったから、その代わりにキャバクラ、ガールズバー、怪しいマッサージ、ピンサロなど、かなりの業種を2人で攻めた。そこに罪悪感は何もなく、純粋に楽しかった記憶しかない。

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そんな時間は、長く続くわけがない。

まずは遊びの資金源であるパチスロの調子が2人とも落ち込んできた。よく通っていた優良ホールの状況が悪化すると同時に、会社で任される業務が徐々に増加して、各機種の美味しい情報を仕入れる時間も減少。そもそも打つ時間が限られるのだから、現状維持すら難しい。

それなのに、俺も山崎も夜の遊びだけは止められない。

仕事でヘトヘトになった身体に鞭を打って…本当は打つ必要など一切ないのに、ど深夜でもお店通い。マッサージ店でお気に入りの女性を見つけ、財布の中身が寂しくなってもほぼ同じペースで貢いでいた。

俺のお気に入りは「明美」と言った。

もちろん本名ではないし、日本人でもない。彼女に出会って以降、おそらく300万円以上は使ったと思う。マッサージ店のサービスを超えた関係も持った。連休に2人で海外旅行して、明美の実家に立ち寄ったこともある。途中で「このまま結婚しちゃおうか」と考えたこともあったけど、それは実現しなかった。今はそれで良かったと思う。

いよいよ金が底をつきそうな段階でも、マッサージ店で明美との逢瀬は続いた。

金はない。でも、遊びたい。金はないけど、遊びたい――。

同じ言葉を何度も頭で繰り返しながら、その日もまた店のインターホンを鳴らした。

(第3章へ続く)

ハッピージャグライフ

地方から上京した一人の男が、ジャグラーとともに生きるドキュメンタリー小説。主人公である真面目な「波多野」と同期である「山崎」がジャグラーとどう関わって、最終的に二人がどうなっていくのか…を描いていく。

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