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第3章「ジャグラーとの出会い」【早紀のジャグラー在日遊技録】

2021年6月17日

とある洋服店。淡いピンクの七分袖で、ウエストにフリルが付いたワンピースを人生で初めて試着する。

日本に来た当初、テレビで歌舞伎町のキャバクラを観て驚いたことがあった。もっと派手で可愛い彼女たちには敵わないけど、私も結構イケているのではないか。

自分に対して、そっと「好看」と呟いて試着室を出た――。

結局、日本での結婚生活は約3年で終止符を打った。

義母の影響で体調を崩した私は、退院後に中国の実母から紹介された陳さん(仮名)に会い、彼女からいろんなアドバイスを受けた。

日本人男性と結婚した中国人女性が離婚する場合、どのような手続きが必要か。親権を得るにはどうするか。トラブルを避けるにはどのような手順を踏むのがベストなのか。本当にいろんなことを手助けしてもらった。

最後の段階では夫に強く引き止められ、義両親にも猛反対されたけど、もはや気持ちは変わらない。法的にもクリアにして、私は新たな一歩踏み出したのだった。

ジャグラーで例えるなら、大ハマリ後のような心境。「ここから挽回してやる」という気持ちだった。まぁ、この表現が合っているかどうか微妙だけど。

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恩人である陳さんは、当時私が住んでいた県のA市でスナックなどを数店舗経営しており、同胞の女性スタッフも数多く抱えていた。幼子を抱え、日本で一人ぼっちになった私に対して、彼女が「一緒に働こう」と誘ってくれたことは、みんな察しがつくだろう。

陳さんには仕事だけでなく、店用のドレスとアパートの一室も用意してもらい、私の日本での新生活がスタートした。

スナックでの仕事は、まさに驚きの連続だった。

まずは何より、男性客のほとんどがスケベなこと。そういった経験が少なく、日本語も覚束(おぼつか)ない私に対し、彼らは面白がって卑猥な言葉を連発する。何も知らない私がそのままオウム返しすると、男たちはニヤリとしてまた次の言葉を投げかけるのだ。

幸い、客の年齢層は平均60代ぐらいで、店の雰囲気もある程度は落ち着いていたから、露骨に体を求めてくる男性は少なかった。ただ、さりげないボディタッチは頻繁にあったと思う。

それでも、意外と平気だった。私のお尻を触る手、私に卑猥な言葉を投げかける口は、そのまま私の「お金」につながるのだ。愛想よく対応して「私のお客」になれば、また店にやってきて、お酒を入れてくれて、インセンティブが入る。そのシステムを考えたら、スケベ客への対応も立派な仕事の一部だろう。

ただし、ボディタッチはNGだけどね。

もちろん、お客さんを単に「金づる」と言いたいわけではない。まずはスナックという特殊な空間で、一緒にお酒と会話を楽しむこと。性に関する露骨な行為はなく、お互いに同じ空気感を共有した上で、同じ時間を過ごす。

この基本ルールを大切にした結果として、私の生活が潤うわけだ。うまく言えないけど、そういうものだと思っている。

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運命の出会いは、突然やってきた。

その客の名前は影山さん(仮名)。地元で働くバスの運転手で、ほぼ毎週金曜日に来店していた。初めて店に来たときから私を気に入ってくれて、いつも深夜2時の閉店まで一緒に飲む。スケベなことはほとんど言わず、穏やかな紳士といった風情。

私としても好きなお客さんの一人だった。ただし、運命の出会いとは影山さんのことではない。

彼の趣味はパチスロだった。休日のほとんどをパチンコ店で過ごし、平日は仕事かスナックへ行く、給料のほぼ全てを「飲む」「打つ」に使ってしまう人間。ちなみに「買う」かどうかは分からないし、興味もなかった。

ある金曜の夜、いつもどおり影山さんと静かに飲んでいたら、突然パチスロの話題を振ってきた。

「早紀は、パチンコ屋に入ったことある?」

「いえ、一度もないよ。あれ、ギャンブルね。危ない」

「別に危なくないよ。パチスロって知ってる? メダルを機械に入れて、ボタンを押して、リールを止める。7を揃えると当たり」

「スロットマシンなら知てるよ。自分で当たりを止められるの?」

「正確には違うけど、そういう感覚が味わえる。楽しいよ」

パチンコ店の存在は、日本へ来た当初に知った。パチンコという機械で大当たりすると、換金できることもスナックの同僚から聞いていた。しかし、実際にパチンコで遊ぶ余裕もなかったし、詳しい遊び方も分からない。ましてや、パチスロとは何だろう。

ただ、影山さんの話を聞くと、パチスロはゲーム感覚で楽しめそうだ。当時はスナックでの仕事にも慣れ、収入も軌道に乗ってきた時期。ギャンブル好きの血も騒ぎ出し、ちょっと興味が湧いてきた。

「じゃあ今度、パチスロを教えてください」

「またまた、社交辞令でしょ。早紀はデートしない人だもん」

「いや、本気です。日曜日の午後は空いてますか?」

「空いてるけど、本当に行くの?」

「はい、お願いします」

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日曜日は朝から雨模様で、パチンコ店の駐車場には幾つか小さな水溜りができていた。私はそれを避けながら、入り口付近で待っている影山さんの元にチョコチョコと小走りで向かう。ゴール直前に濡れた床で滑りそうになり、2人で笑いながら入店した。

座ったのは、たしか『ゴーゴージャグラー』だった。影山さんがレクチャーを始める。

「まずは横にある機械に千円札を入れてメダルを借りる。台にはメダルを3枚入れて、レバーを触る。左から3つのボタンを押して、リールを止める。基本はこれだけ。そして、左側の『GOGO!ランプ』が光ったら、大当たりだよ」

よく分からないまま、言われたとおりに打っていると、10ゲームぐらいでランプが光った。

これが世間で言う「初学者的运气(ビギナーズラック)」というものか。ただ、いくら狙ってもボーナスを揃えられない。影山さんは「そりゃそうだよね」と笑いながら、7を揃えてくれた。

その後も勝負を続け、何度もGOGO!ランプは光った。

その度、お腹の奥あたりから頭のてっぺんに向けて、ジワッとした痺れが流れる。この感覚は一体何だろうか。自分でも興奮しているのは分かったけど、これまで味わったものとは一味違う、どちらかと言えば快楽といった感じ。

純粋に気持ち良い。

結局、その日は3万円ほど換金し、影山さんは2万円ほど負けた。私は謝礼として勝ち分を渡そうとしたものの、彼は拒否した。そして「また遊ぼうよ」と言い残し、颯爽と帰っていった。

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元々ギャンブル好きな私だから、どっぷりとジャグラーにハマるまで時間はかからなかった。出勤前や休日など、暇を見つけては1人でパチンコ店に通い、影山さんとの「同伴ジャグラー」も数ヶ月に1回程度の頻度で続けていた。

当初は目押しなんて一切できなかったけど、こちらが困っている姿を見て周囲の常連客が優しくサポートしてくれた。店内で会話する機会も増え、私が中国出身のシングルマザーだと知ったおばさんから「困ったことがあったら何でも相談して」と言われたこともあった。そのときは嬉しくて、少しだけ泣いたような気がする。

ある男性のお客さんは、私のスナックの常連客にもなってくれた。さらに、そこから仲間の輪が広がり、「私のお客さん」はどんどん増えていった。地元の中小企業の経営者などとも関係が生まれ、彼らのゴルフコンペに参加したこともある。

このように話すと、「何か別の手段を使って客を増やしたのでは」と誤解されることも多いけど、社長さんたちは全員良い人で、私の性格や、仕事に対してのスタンスを理解してくれた。これまで、男女間の「何か」は一切ないし、金銭的に「特別な援助」もない。

これは私の誇りでもある。

こうして、私のスナック人生はジャグラーの助けもあって順風満帆に進み、チーママのようなポジションにも就いた。個人の売上としてはダントツのNo.1だ。

ただ、スナックで働く同僚の中には、私の順調ぶりが面白くない人間もいたようで、影でこそこそと悪口などを言っていたらしい。後になって分かった話だ。

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日本に来て約15年、スナックで働き始めて約12年が経過した頃、陳さんから「違う街で独立したほうが良い」と提案を受けた。私としては、お世話になった陳さんに報いるためにも、そのまま店で働くつもりだった。

でも、想像以上にスタッフ間で私の評判が悪くなっていたという。陳さんは私が独立するという形を取ることで、今ある店やスタッフを落ち着かせようとしたのだった。

もしかしたら、陳さんも私に対して何か思うことはあったのかもしれないし、私自身も問題があったのかもしれないが、真実は分からない。

2010年、それまで働いていたA市から隣のB市に引っ越し、不動産屋で小さな物件を見つけて、スナックを開業した。資金は私自身が正規に調達したもので、もちろんお客さんなどの援助はない。小さくても、一国一城の主。またもや新しい挑戦が始まった。

おかげさまで、オープン当初から多くのお客さんに来てもらい、これまでの常連さんも引き続き応援してくれた。B市のパチンコ店でも、ジャグラーコミュニティに溶け込んで、楽しく打つことができていた。

店の経営という面では不慣れな面もあり、多少苦労することはあったものの、特に不満はなく、日々の生活は充実していた。

あの日までは。

(第4章へ続く)

早紀のジャグラー在日遊技録

在日中国人女性の人生とジャグラーが絡み合うドキュメンタリー小説。中国人女性の人生に多大な影響を与えるほどのジャグラーはどのように関わっていくのだろうか…。

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