企画

ジャグラー人生で最高に印象に残っている戦い│ジャグラーであった本当の話

2020年6月19日

ジャグラーであった本当の話#4。

第4回は、このサイトで「湯けむりジャグ紀行」を担当しているスパスロライターの大原庄助がお届けします。今現在(6月上旬)、社会情勢によって湯けむり企画は一旦ストップしていますが、普段は自分の好きな温泉地へ出向き、入浴を賭けてジャグラー勝負をしています(罰ゲームもあり)。

これまで一度も読んだことのない方は、サイト内のバックナンバーをご覧いただければ幸いです。

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※ジャグラーであった本当の話・第1回(◎氏)はこちら

※ジャグラーであった本当の話・第2回(こまどり氏)はこちら

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約20年前にハマった名機「ハイパージャグラーV」

さて、今回は担当者から「ジャグラー人生で印象に残った戦い」というお題をいただきました。そこで、もう20年ぐらい前の話ですが、ハイパージャグラーVの思い出をお話させていただきたいと思います。

あれは私が社会人2年目ぐらいだったでしょうか。金曜日の夜に旧友・Kからケータイのメールが届きました。

「土日、暇ならどっか行かない?」

暇だった私は、即座にOKと返信。しかし、問題は2人の合流方法です。あの頃の私は東京在住、そしてKは地元の某県に住んでいたので、「どちらかが一方の町に行く」「どこかで待ち合わせする」の2択になります。そこで2人が出した答えは…。

「よし、宇都宮で待ち合わせしよう」

翌朝、私は電車で、Kは自家用車で宇都宮に向かいました。

私が先に駅前へ到着して待っていると、見覚えのあるKの愛車・中古のシビックが颯爽と登場。さらによく見ると、助手席にもう1人乗っています。

その男は、私とKの友人・H。当時のHは完全なプータローであり、あまりにも暇だったのでKに付いてきたのです。このHが後々キーパーソンになります。

久々に集まった3人が向かうのは…

このあとはドライブしたり、飯でも食べながら色々と積もる話でも…とはなりません。乗車直後にKが問いかけます。

「じゃあ、どこで打つ?」

私・K・Hの3人は、学生からパチスロという共通の趣味がありました。そして若さのせいなのか、時代のせいなのか、今と比べ物にならないぐらい3人の「パチスロ熱」が高かった。だからこそ、何の相談もなくパチ屋へ向かおうとしたのです。

しかし、ここでプータローのHが口を開きました。

H「オレ、金ないよ。400円しか」

私とKは絶句。「こいつ、400円でノコノコ付いてきたのか?」と脳内でツッコミまくりです。しかし、すでに打つ気マンマンの私とKは、とりあえずHにお金を貸すことにして、パチ屋に向けて車は出発しました。

到着したのは、なぜか日光市近郊。実は車中でこんな会話がありました。

「もし3人とも勝ったら、近くの温泉に1泊しない?」
K「いいねぇ。どうせ明日も暇だし」
H「でも、おれは金がないから…」
「いやいや、貸した金で勝っちゃえば良いでしょ」
K「そうそう、勝てば良いんだよ」
H「そう? 悪いね」

そして、とあるパチ屋で実戦開始。その機種は…そう、ハイパージャグラーVです。やっとジャグラーの話ですね(笑)。

あの頃の3人は、ノーマルタイプを打つなら絶対ハイジャグというぐらいハマっていました。

従来のシリーズとは異なり、予告音やフラッシュなどのチャンスパターンが搭載されており、個人的にはハイパースタート音(ボーナスの大チャンス)のドキドキ感が大好物。変則押しでも楽しめた気がします。

3人は並んでハイジャグを打ち始めました。途中の記憶は曖昧なのですが、たしかHに私とKで計3回ほど追加投資したものの、2万円ほど溶かしてHは途中離脱(休憩所でマンガを読んでいました)。私は終盤の連チャンで2万円ほど勝利し、手堅いKも1万円ほど勝利しました。

さて、ここで再び問題が浮上します。3人が勝負を終えた時間は夕方の4時ぐらい。温泉旅館に行くには丁度良い感じだし、私とKは金銭的にもそこそこ余裕があります。

しかし、Hは本当にスッカラカン。正直、私とKの2人だけで温泉に行こうかと考えましたが、Hは帰りの電車賃も持っておらず、この場に置いていけばヒッチハイク確定です。それはあまりにも可哀想でしょう。

K「どうする?」
「いやぁ、このまま3人解散ってのもねぇ」
H「……」
K「だよなぁ。温泉、入りたいよなぁ」
「久々に酒も飲みたいしさ」
H「……」
K「2人で出すか」
「Hの宿泊代を? すでにもう結構貸してるのに?」
K「だって、仕方ないでしょ」
H「……(ニヤリ)」
「Hも温泉、行きたい?」
H「……(コクリ)」
K「なんか喋れよ!」
H「このご恩は、いつか返します(ニンマリ)」

そして、近くの鬼怒川温泉にある旅館へ

Hは金がないのに、人一倍食って飲んで、ゆっくり風呂に入り、さらには旅館内のラーメン屋で夜食を頼む始末です。

その姿を見て、私とKは少々イラッとしましたが、まぁ仕方ありません。久々に3人で楽しめたのだからヨシとしました。

翌朝、私とKはギリギリまで寝てチェックアウトしようと考えていました。しかし、Hが「朝風呂に行こう」と勧誘してくるので、せっかくだからと3人は露天風呂へ。

当日はかなり寒かったので、一番最初に全裸になった私は、小走りで岩風呂へ向かう。タタタタ……ガツン!! そのとき、足の指を思いっきり浴槽の縁にぶつけたのです。

本当に痛くて悶絶しまくり。私がフルチンで痛がる姿を見て、Hは大爆笑。金もないくせに、宇都宮でハイジャグを楽しんで、温泉に入って、うまい飯を食えたのは、誰のおかげなのか(Kのおかげでもありますが)。

さすがに若干の殺意を覚えましたが、足が痛くてそれどころではありません。

結局、チェックアウト後はすぐにKの車に乗って宇都宮駅で解散し、私は片足を引きずりながら新幹線に乗り、普段より数倍の時間をかけて歩き、自宅へと帰ったのでした。

翌日、まだ強い痛みが続くので、会社を休んで近所の病院でレントゲンを撮りました。結果、右足親指に小さなヒビ。日光に行かなければ、ハイジャグで勝たなければ、Hが朝風呂に誘わなければ……いろいろ後悔しましたが、「まぁ、しょうがねぇか」と笑っている自分がいました。

ジャグラーから連想される強烈な思い出

今でも、あのときのエピソードは強烈に残っています。ジャグラーと言えば、ハイジャグ、温泉、骨折、H。ちなみに、旅行した3人は今でも仲良く、定期的に飲んでいます。

Hはその後、Kのツテで無事に就職しました。ここでも友人を頼ったのです(苦笑)。そして、いまだにあのときの恩を返してもらっていません。でも、Hはそれで良いのです。きっと今後も3人は付き合っていくのでしょう。

ジャグラーであった本当の話

ジャグラーであったエピソードを当サイトのライター陣がリレー形式風にお送りするコラム。連チャン、ハマリ、変な客などジャグラーに関する各人のコラムをお楽しみ下さい。

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